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Title
創世記講解(114)
Speaker
堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
創世記7:24–8:2
Date
2014-07-04
[本文]
[創世記7:24–8:2]
「水は、百五十日間、地の上にふえ続けた。神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。また、大いなる水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨が、とどめられた。」
愛する聖徒の皆さん、「創世記講解」114回です。
本文[24節]に「水は、百五十日間、地の上にふえ続けた。」とあります。人類の歴史にあって、地球全体が150日間水につかっていたというこの記録はまことで事実です。ノアの大洪水は神話や伝説ではなく、実際にあった大変な出来事です。これを証明する証拠は多くあります。きょうはノアの洪水の証拠を三つに分けてお伝えします。
第一、歴史的な証拠です。
全世界的に古代文明の歴史には洪水に関する伝説があります。学者たちが世界のあちこちから収集した「洪水伝説」は270余りにもなります。洪水伝説が収集された地域はヨーロッパ、アジア、オーストラリア、東インド、アラスカ、ギリシャ、フィンランド、アイランド、太平洋の島々、フィリピン諸島、南アメリカ、中央アメリカ、北アメリカ、東アフリカでした。
これは洪水伝説が全世界的に広がっているという意味です。収集された洪水伝説には、次のような共通点がありました。「洪水は後にも先にもない規模だった。洪水を避けるために大きい船を造った。船には人だけでなく、あらゆる種類の動物も乗せた。洪水から生き残った人は少数だった。」
その中でアメリカのインディアンは、何と58の洪水伝説を持っています。「インディアン」とは、コロンブスが新大陸を発見する前からその地に住んでいた先住民のことです。インディアンが多く住んでいたミシガン州一帯では、古い石版がたくさん見つかりました。その石版には、いくつかのコマにストーリーのある絵が描かれています。石版ごとにコマの数や絵が多少違っても、だいたい似た内容が書かれているのです。その中でよく整理されている、一番大きい石版の絵の内容を説明いたします。(資料画面―ミシガン州インディアン石版)
この石版には五つのコマに分けられた絵があります。一番上の絵の真ん中には太陽があって、ある人が天に向かって拝んでいます。二番目のコマには、人々が水でもがいている様子が描かれています。三番目のコマには、大きい船が水に浮いていて、計40個のマスが見えます。(雨が40日間降ったことを意味するでしょう。)四番目のコマには、太陽が見えて、船から動物が出てきているし、男性4人が万歳をしています。(それはノアと3人の息子です。)五番目のコマには、七つの線の虹がはっきりと刻まれています。
古代インディアンはどうしてこんな物語を知って、石版に彫っておいたのでしょうか? ヨーロッパ人がアメリカ大陸に移住して、インディアンに聖書を手渡す、ずっと前にすでに知っていたからです。このような石版が中東地域で見つかったなら、「距離が近いからそうだろう」と思うかもしれません。しかし、中東とは地球の反対側のアメリカで、それも古代インディアンの遺物から洪水の物語が出てくるということは、何を意味しているのでしょうか? 彼らはすでに先祖から洪水の物語を伝え聞いていたということです。
一方、多くの洪水伝説の中で、ノアの箱舟がとどまっていたアララテの山から比較的近い地域ほど、詳しいところまで聖書と一致しています。(資料画面―アララテ山の位置)たとえば、バビロニアのギルガメシュ叙事詩には、すべての動物を雄と雌一つがいずつ乗せたとか、洪水の後、「鳩」を放って、水が引いた程度を確認してみたという内容もあります。このようにアララテの山から近ければ近いなりに、遠いところは遠いなりに、多様な洪水伝説があるのです。
このように世界の多くの国に洪水伝説が言い伝えられているということから、そのすべての伝説の母体になった一つの洪水の出来事があったことがわかります。それがまさに聖書に記されたノアの洪水です。
歴史的な証拠をもう一つ挙げれば、ノアの子孫の名前が都市や国、民族の名前として使われているということです。創世記10章には、大洪水の後、ノアの子孫の名前と彼らがふえ広がった地域が詳しく記されています。そして、最後の[32節]に「以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。」とあります。人類の歴史のルーツを探していけば、このみことばと一致するのです。
たとえば、今日イスラエルがあるところを「カナンの地」と呼ぶでしょう。ここで「カナン」とは、もともとノアの次男ハムの息子の名前です。ハムの何人かの息子の中で「カナン」という人がその地域に定着してふえました。ところで、洪水が終わって約400年が流れたとき、神がその地をアブラハムと彼の子孫に与えると約束されました。その約束のとおり、ヤコブ、すなわち、イスラエル民族がその地域を占領して国を建てたのです。このカナンの地の他にも、ノアの子孫の名前が民族、都市、国の名前として使われています。これはノアの洪水が確かに実際あった出来事であることを証明しています。
次は、ノアの洪水の証拠、第二、地質および地形学的な証拠をお伝えします。
まず、地球表面の75%以上が水によって作られた堆積地層であることです。地球が水に完全につかった状態で、太陽―地球―月の引力によって起こる引き潮と満ち潮によって、短い期間で地球全体に堆積層が形成されたのです。
高い地帯は水の流れによって削られ、削られた土は低い地帯に積まれながら、堆積物の成分によって層を形成します。(資料画面―水によって形成された堆積層)実際、地球表面に存在する堆積層はとても広範囲にわたっています。
また、それぞれの堆積層は、まるでゴムシートを積み重ねたように、堆積物質の成分が非常に均一で、各層の境界面もほぼ平行になっています。研究者たちは「地球表面にこんな堆積地層が形成されるためには、ノアの洪水のような全地球的な大洪水がなければならない」と結論を出しました。
ノアの洪水のもう一つの地形学的な証拠として、世界各地の深海から発見される古代遺跡が挙げられます。科学技術が発達しながら、人々は各種の装備を利用して、海の中を探査できるようになりました。または、地震波を利用して海底地形構造をスキャンできるようになりました。その結果、世界各地の深海から、確かな文明の痕跡をもつ古代都市が発見されているのであります。(資料画面―海底都市イメージ)大洪水の時、地殻の大激変によって、そういった地域は永遠に海水面の下に沈むようになったのです。
これと反対の現象も起きました。それは、本来は海だった地域が大洪水の時、大激変によって後には山になったことです。それで、ヒマラヤやアルプスのような高い山脈から、貝類、魚類、海草類など、海の生物の化石がたくさん見つかりました。また、アメリカ西部のグランドキャニオン、海抜1600メートルの高さの岩石層も、ほとんど海の生物の化石を含んでいます。ペルーのアンデス山脈、4000メートルの高地帯でも、およそ500個のカキの化石が発見されました。これは、アンデス、ヒマラヤ、アルプス山脈が昔は水の下にあったことを証明するものです。ところが、大洪水の時、「隆起」現象によって、今日は高い山脈になったのです。
最後に、ノアの洪水の三番目の証拠は、世界人口です。
洪水の後、八人で始まった世界人口は、統計学的な見地から見ると、今日の人口とびったり合っています。人口成長率の計算はとてもややこししくて難しいので、この時間、詳しく説明はいたしません。この教会の創造科学会で、国連が使う計算式を利用して計算してみました。(資料画面―人口成長率計算図表)その結果、ノアの洪水が終わった時点の約4,360年前、八人から人類がふえていったことを規定の事実として計算してみたら、現在の世界人口と一致したというのです。
もし、ノアの洪水がなかったとか、進化論が正しいとするなら、世界人口は今よりはるかに多くなければなりません。しかし、聖書はまことであり、ノアの洪水から生き残った人はたった八人だったので、今日の世界人口に達したということです。
愛する聖徒の皆さん、ノアの洪水を確かな事実と信じて、その霊的な意味を悟ることは、そうできないことと比べて大きな違いがあります。終わりの時を生きている人にとってはさらにそうです。
[第二ペテロ3:6-7]に「当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。」とあります。
ノアの時は洪水によるさばきがあったように、今、この世はもう一度それと同じみことばによって、火に焼かれるようになります。その日には、不敬虔な者どもがさばかれて滅びるようになるのです。ノアの洪水が迫ってきた時も、神から遠ざかったまま、不敬虔な生き方をしていた人々はみな、さばきによって滅びました。
今日も、神を遠ざけて不敬虔な生き方をしている人々には、ノアの洪水の時と同じさばきがだんだん近づいているのです。したがって、私たちは聖書を通して、ノアの洪水がなぜあるべきだったか、そしてどんな人が救われたのかを心で悟らなければなりません。心で悟る人は、やがて来るさばきによく備えることができます。滅びでなく、救いに至れるのです。
一方、「ノアの洪水」を信じない人は、やがてさばきがやって来るとしても、相変わらず罪と悪の中を歩んでいきます。ノアの時代、箱舟が造られていくのを見ながらも、かえってノアをからかって、自分勝手に生きていた人々と同じなのです。
これについてイエス様は[ルカ17:26-27]で「人の子の日に起こることは、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様です。27 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、食べたり、飲んだり、めとったり、とついだりしていたが、洪水が来て、すべての人を滅ぼしてしまいました。」と言われました。
このメッセージを聞いた聖徒の皆さんは、なぜ大洪水のさばきがあったのか、また、それがどれほど確かな事実なのかを知りました。ですから、さらに霊的に目を覚ましていてください。ひょっとして信仰生活がつらいとか、いつも教会の囲いの中にいることが窮屈な方がいるでしょうか? そんな方がいるなら、ノアの家族のことを考えてみてください。ノアの家族は、肉的には箱舟の中が窮屈だったかもしれないし、その中での暮らしもきつかったです。だからといって、箱舟の外の世にあこがれたでしょうか?「箱舟に乗らないほうがよかった」と後悔したでしょうか? そうではありません。救いの箱舟に乗ったことに感謝しながら、そのすべての時間に耐えられました。
ですから、愛する聖徒の皆さんも、神様から救いの恩寵を受けたことにいつも感謝できますように。また、霊的な箱舟である神のことばの中に完全にとどまって、いつも神様から守られますように。これとともに、まだ救いの箱舟に乗っていな人々に幸いな知らせを伝えてください。それで、すべての人が救われるように望んでおられる父なる神様に喜ばれますように、主の御名によって祝福して祈ります。
聖徒の皆さん、次に本文[8:1]には「神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。」とあります。ここで「心に留める」とは、「いつも意識して、忘れないでおく」という意味です。
それでは、父なる神が箱舟に乗った彼らを心に留めて、水を引かせたというみことばは、どんな意味でしょうか? 父なる神は公義によって大洪水のさばきをなさいましたが、ノアと彼の家族を通して人間耕作を新たに始めたいと望んでおられました。ところが、大洪水の後は、この地が完全に肉の自然法則が適用されるようになりました。神の初めの光が、洪水が始まると同時に、残らず取り込まれたからです。
父なる神は、水がいつ引いてこそ大洪水の生存者たちが生きていくのに一番良い環境が造られるか存じでした。ノアと彼の家族はもちろん、獣と家畜までも心に留めておられ、最も良い時に合わせて働いてくださったのです。それで、父なる神は150日間、地球を覆っていた水が引き始めるようにされました。神が水を引かせた方法は、地の上に風を吹き過ぎさせることでした。
ところで、その前に、本文[2節]に「また、大いなる水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨が、とどめられた。」とあります。これは40日間降っていた雨がやむ時の状況です。第二の天、エデンにある「大いなる水の源」と第二の天につながる門を閉ざしたので、それ以上雨が天から降ってこなかったのです。
ここで、大いなる水の源と天の水門が「閉ざされた」という表現に注目しなければなりません。実は「閉ざされた」とは、完全に閉まったという意味ではなく、一時的に閉まったことを意味するからです。これはどういう意味でしょうか? もしこの時、神様が天の水門を完全に閉ざされたなら、この地に降ってきた雨が第二の天に戻っていける通路が完全になくなってしまうのです。つまり、風が吹いて水が蒸発しても、第二の天に昇っていく道がないのです。ですから、神は大いなる水の源と天の水門を、完全にではなく、これ以上雨が降ってこないように一時的に閉ざされたのです。つまり、第二の天と第一の天の間の通路は開いておいたまま、第二の天の水がそれ以上第一の天に下りてこられないようにされたのです。この役割を四つの生きものが果たしました。
また、地球に降った水が蒸発して第二の天に吸収されるように風を吹かせる働きも、四つの生きものが担当しました。この時、四つの生きものが吹き過ぎさせた風はとても強い風でした。それで、地球の水がすみやかに出てきたところに吸収されて入っていけたのです。だからといって、台風のように恐ろしいとか激しい風ではなかったと教えてくださいました。
このように、神は洪水で地球を覆った水を引かせた時も、公義の法則どおりになさいました。神は力の大きい方ですから、第一の天のどこにでも空間を開いて、第二の天につながるようにおできになります。しかし、そうされたのでなくて、水が降りてきたその通路に吸収されて、元の場所に戻っていくようにされたということです。まるでこの場面を描写しているような表現が[詩篇33:7後半節]に出てきますが、「深い水を倉に収められる。」とあります。
聖徒の皆さん、今日起きる洪水は人が予想できない場合が多くあります。無理な開発で自然がひどく破壊されて異常気象現象が起きるので、自然災害が頻繁に発生しています。誰かが計画したのでもないし、誰も予想できない時が多いのです。
ところが、ノアの大洪水のさばきは、始めから終わりまで、神のご計画のうちになされました。雨はいつから降り始めて、いつまで降るべきか、水はどのぐらい増し加わるべきか、また、水はいつから引いて、引く速度はどのぐらいになるべきかも、すべて神がつかさどられました。神が定めた日と期間に合わせて、そのとおりに進められたのです。
そして、ノアは神と明らかに交わっていたので、このような神のご計画を知っていました。洪水が一日、二日で終わるのではないことと、また、水が地を覆っている期間、その後引くまでにかかる時間も、ある程度心に働きかけられていたのです。このように、神の人は神と明らかに交わっているうちに、先のことを知ることができます。ですから、神のみこころに合わせて、神のわざを実現していけるのです。
聖徒の皆さんも、自分の悟りに頼らないで、心を尽くして神により頼みますように。[箴言3:6]にも「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」とあります。このようにして、人生のすべての状況で父なる神様にその道をまっすぐにしていただく皆さんになりますように、主の御名によって祝福して祈ります。
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