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Title
2012 年新年祈祷課題(4) - 大きな驚くべき神の力
Speaker
Bible
ヨハ 14:12
Date
2012-01-06
[本文]
[ヨハネ14:12]
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。」
[序論]
愛する聖徒の皆さん、父なる神様は祈祷課題四つを通して私たちに新年のビジョンをくださいました。第一、教会にも聖徒の皆さん個人にも、祝福が臨むことを教えてくださいました。第二、その祝福に力づけられて「全世界に叫ぶ教会」になるでしょう。第三、祝福の実として、「この地上で父に栄光を帰す聖殿」を建て上げるビジョンを提示してくださいました。きょうは第四の祈祷課題、「大きな驚くべき神の力」について伝えます。
[マタイ12:38]を見ると、律法学者とパリサイ人のうちある者がイエス様に「先生。私たちは、あなたからしるしを見せていただきたいのです。」と言いました。しかし、イエス様は「悪い、姦淫の時代はしるしを求めています。だが預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。ヨナは三日三晩大魚の腹の中にいましたが、同様に、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。」と答えられました。
このしるしは「イエス様が死なれて、三日目によみがえられること」を指しています。イエス様はなぜこのしるしのほかには、しるしは与えられない、と言われたのでしょうか? この「しるし」を行なわれることがイエス様の本来の使命だからです。
イエス様がこの地上に来られた目的は、罪人の代わりに木にかけられ、血を注ぎ出して死なれることによって、すべての罪を贖うことでした。また、死の力を打ち砕いてよみがえられ、救い主になられることでした。まさにこれが私たちのイエス様が窮極的に現される「しるし」でした。
もちろん、イエス様は御国の福音宣教にも努められました。また、神の御霊によって数多くの病人を治されました。目の見えない人、聞こえない人、話せない人、足の不自由な人のように、わずらいを持っている者を完全にしてくださいました。悪霊につかれた者からは、悪霊を追い出して下さいました。そして、水の上を歩いて、風と波を静められたこともあります。このように驚くべき神の力あるわざを無数に施されました。
ところが、そのような神の力あるわざは、イエス様の本来の使命を裏付けるための付随的なものでした。イエス様が神の御子であることが信じられる証拠になったのです。
ここで最も重要なことは、神の御子であるイエス様が、罪人のために死んでよみがえり、救い主になられたということです。イエス様と同時代に生きた人々だけでなく、世の初めから生まれたすべての人の救い主になるために死んでよみがえること、これが私たちのイエス様が成し遂げられた、最も重要で大きいしるしでした。
今年、第四の祈祷課題として下さった「大きな驚くべき神の力」は、父なる神様が私に下さった使命をやり遂げるのに、どうしても必要な神の力です。父なる神様は2002年に、すでに私に最上の創造の力を下さいました。また、昨年は「爆発的な神の力」という祈祷課題を下さいました。それなら「大きな驚くべき神の力」とは、はたして何でしょうか?
この時間、メッセージをよく聞いて心の糧とし、聖徒の皆さんが「大きな驚くべき神の力」の恵みを思いきり受けて味わいますよう、主の御名によって祈ります。
[本論]
愛する聖徒の皆さん、本文[ヨハネ14:12]で、私たちのイエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。」と言われました。
「アーメン!」私は、このみことばを少しの疑いもなく100%そのまま信じて祈りました。イエス様のおことばがまことであり、真実であることを確かにさせていただきたいという心が非常に大きかったのです。
父なる神様は全き信仰によって求める私の祈りに答えてくださいました。今まで聖徒の皆さんが目撃されたように、数え切れない不思議としるしを現せるように働いてくださいました。私の祈りを通して数えられないほど多くの病気の人を治してくださいました。虹、星、雲、トンボなどを通しても、奇しいみわざも現してくださいました。開拓してから今日まで、数えきれない聖徒たちがこういう神の力あるわざを体験しました。
ところで、父なる神様がそれほど多くの不思議としるしを現してくださった究極的な目的は何でしょうか? 神の生きておられることと、イエスが救い主であることを信じて、神のみこころのとおり生きて、救われて、すばらしい天国に入りなさい、ということです。
今日は罪と悪がはびこっていて、神に逆らって立つ高ぶりが乱れ飛んでいます。目に見えるしるしを見せても、疑って信じようとしない人々がいます。極端な場合は、自分が神の力で病気がいやされたのに、時間が過ぎれば信仰を捨てて、世へ向かう人々も多いです。
人々が驚くべき力あるわざを見ると、その瞬間は神を信じるようです。しかし、心から悪を捨て去らなければ、再び疑いが芽生えるようになります。人を欺く情欲に従って罪を犯します。救いの道から離れて、死の道に向かうのです。したがって「心の変化」が本当に大切なのです。
父なる神様が人間耕作の終わりの時、私を用いて成し遂げようと望まれる窮極のみわざがまさにこれです。聖霊の力によって人の心を変えさせる働きをすることです。父なる神様は、このように「人の心を変えさせる力」こそ「大きな驚くべき神の力」だと言われます。
私は2010年に、聖徒の皆さんが送った数千通の悔い改めの手紙を読んで、相当な衝撃を受けました。開拓以来、現してきた不思議としるしがどれほど多かったでしょうか。それなのに、数多くの聖徒があれほど罪を犯したという事実が、初めはあまり信じられませんでした。しかも、そのうち多くの人が死に至る罪を犯して、救われないところにまで至っていました。
ところが、この方々は私を信頼したので、自分の罪を一つ一つ告白しました。それで、私は父なる神様の御前にすがるしかありませんでした。私のいのちを引き換えに、切に求めました。
その結果、父なる神様は感謝なことに、罪の赦しの恵みを与えてくださいました。これは、心の割礼がどれほど大切なのかをもう一度刻印させてくれました。聖徒の皆さんも、心から徹底的に悟るきっかけになったのです。
昨年は、父なる神様が、聖徒たちが牧者を信頼して一つになったほど、恵みと力を下さいました。5月のある日を起点に、父なる神様の初めの光であるオーロラの光で働いてくださいました。オーロラの光は心がすみやかに霊的に変えられるようにしてくれました。聖徒の皆さんはこの光を見ることによって、神のことばに喜んで聞き従うようになったのです。以前よりさらに簡単に肉を脱ぎ捨てて、御霊の歩みへと進んでくることができました。心の奥深くにあった悪も悟れたのです。自分の義と枠でさえぎられて、錯覚していた自分の姿を悟り、変えられました。くもの巣のように二重、三重にしばられていた肉の思いであっても、捨てることができました。本当に自分の欠けていることが何か、間違っていたことが何か、確かに発見して捨てられる恵みが臨んだのです。
その結果、自分が努力した以上に、急速な霊的成長をすることができました。以前は1か月、2か月、3か月、半年、1年かけて断食して祈ってこそ至れた霊の段階に、はるかにすみやかにたどり着くことができました。
しかし、霊の世界にはタダはなかったのです。聖徒の皆さんにそのような恵みが与えられるまで、私がそれにふさわしい代価を払わなければなりませんでした。6月の特別いやし集会と7月の機関長教育、そして年末に至るまで、私の気力がゼロになるようになりました。父が支えてくださらないなら、霊と魂がからだから離れるしかないところにまでなったのです。
私は1992年、息をひきとり、霊と魂がからだから離れたことがありました。その時は、主のふところにそのまま抱かれたい気にもなりました。しかし、主が死に向かっている魂たちを見せられると、すぐ「もう一度使命を果たそう」と決心しました。
ところが、今回は、ただこのまま主のふところにいだかれたいとさえ思いませんでした。ひたすら魂たち、ひたすら神の国だけを考えたのです。父なる神様はこの部分を取り上げて、「本当にご苦労だった」と言ってくださいました。
私がこういう犠牲と献身の代価を払うことによって、聖徒に霊的成長ができる大きい恵みと力が臨みました。こういう過程で、昨年一年、聖徒たちの信仰生活のパターンが新しく変わったことが見られました。以前は目で見てこそ信じる信仰だったとすれば、昨年からは見えない牧者の愛を信じて、心が変えられるために努める流れに乗りました。以前は信仰生活を受動的に、強いられてする傾向があったとすれば、昨年からは、霊をまことに慕い求めるので、自発的にする聖徒が多くなりました。
その結果、昨年一年間、全く聖なるものとされた人が数人誕生しました。聖書を見ても、全く聖なるものとされた人は一世代にひとり出るかどうかです。御霊の人が出てくることもやさしくありません。
ところが、昨年一年間、私たちの教会では、数十人が御霊の歩みに入ってきました。信仰の岩の上に立った人は、ひとりひとり数えることができないほど多いです。これについて父なる神様は、「[あなたのからだの気力が完全に尽き果てた犠牲]と[魂の救い、または新しいエルサレム入城]を、父の御前で取り替えたことのようだ」と言われました。
2010年12月25日以前だけでも、救いの希望がなくて、恐れに震えていた魂たちがどれほど多かったでしょうか。「私はこんなに大きい罪を犯したのに、はたして救われるだろうか? 死に至る罪を数回犯したのに、私の罪が果たして赦されるものだろうか?」このように心配して恐れて苦しんでいた人が本当に多かったのです。
しかし、今はそのような魂たちも、救いの確信を持つようになりました。さらに進んで、信仰の岩を過ぎて、御霊の歩みに入ることを慕って進んでいます。まさにこういうみわざ、罪と悪でやつれていた人の心も新しく変えさせるみわざは、神の力によってだけできるのです。このようなみわざが、まことに神の力がどれほど大きく驚くべきものなのかを証明しているのです。
愛する聖徒の皆さん、父なる神様は、この大きな驚くべき神の力が韓国のキリスト教界と世の多くの人にも働かれることを望んでおられます。この前、こういうおことばも下さいました。「あなたはあなたの聖徒を大切に思って、あなたに属する魂を大切に思っているだろう。まして父はご自身が造られたこの多くの人を大切に思われないだろうか。あなたに特別に摂理のうちに送った聖徒だけを大切に思うのではなく、父が造られたこの地上にいるこの多くの魂をあなたが大切に思うことによって、結局、彼らにも父の愛が繰り広げられて、彼らにも救いの機会が与えられることを許してくださったものである。これは韓国のキリスト教界に対しても同じなのだ。」
父なる神様は、私が聖徒の皆さんをいだきながら広げておいた愛の範疇に、韓国のキリスト教界と世の多くの人々まで宿れるよう願われました。それが本来の父なる神様のみこころでした。
98、99年の出来事について、私たちの聖徒であっても、どれほど徹底的に数えあげられたでしょうか。まして韓国のキリスト教界に霊的な光を照らすと、どれほど多くの闇が明らかにされるでしょうか。彼らを公義によって測るなら、どれほど彼らの罪がたくさん現れるでしょうか。
昨年、韓国のキリスト教界に多くのことがありました。韓国のキリスト教界を代表する団体と言われる所の不正が明らかにされました。一番大きい教会と言われている所は、家族の間の紛争が社会的な話題になって、教会内の争いがふくらみ、新聞に載りました。
ところで、実際、韓国のキリスト教界は、表面に現れたものよりはるかに堕落しているそうです。その中をのぞいて見れば、むさぼりと欲によって堕落して、性的に堕落したし、偶像礼拝によって堕落した分野もあります。聖霊を冒涜して逆らい、汚す罪に当たる人々も多いです。父なる神様が、公義だけを適用されるなら、絶対赦されることのできない人が非常に多いのです。
しかし、父なる神様は「この人たちはだめだ」と言われず、対案を用意されました。それは、公義をはるかに超える愛の範疇の中に彼らまでいだけるように準備させられたことです。彼ら全部ではないとしても、最大限、救われる数を増やそうとすることが父なる神様のみこころでした。あまりにも悪い者にも生きる道を開いてくださることが父なる神様のお心であることを、私たちを用いて見せようとされます。何としてでもひとりでも多くの人を救おうと、このように摂理のうちに計画された父なる神様の愛があまりにも驚くものではありませんか。
その人々の中には、神の栄光をひどく遮った人もいます。神様をあまりにも侮る人もいて、数多くの魂をつまずかせた人もいます。父なる神様は、こういう人々にも悔い改めて立ち返り、救われる道を提示しようとされるのです。
聖徒の皆さん、このように韓国のキリスト教界と世界に向けられた父の愛の摂理を実現するためには「心を変えさせる神の力」がどうしても必要です。今後、韓国のキリスト教界の多くの人をいだいて、世界教区化を実現すると、組織が非常に膨大になります。人の方法では、彼らを管理するのがやさしくありません。それでも担当の働き人たちは最大限知恵をしぼって、最高の行政システムを備えなければなりません。
心が一つになれば、すべてが自動的に円滑に動きます。海外のどこの奥地にいる牧会者でも、本教会と心が一つになれば、何の心配もいらないのです。なぜ韓国のキリスト教界や世界のあちこちの教会が本教会と心で一つになることが重要なのか、一つ例を挙げて説明します。
中国の三国時代「蜀漢」の第1代皇帝だった劉備は、諸葛亮に国事を託して世を去りました。諸葛亮が次の皇帝の劉禅を補佐していたとき、各地で反乱が起きました。諸葛亮は飛び抜けた知略で反乱軍を鎮圧しました。
最後に登場した反乱軍は「南中」という、とてもへんぴなところにいました。そこは地勢もまた、大変険しかったのです。そこの首領は「孟獲」という者でしたが、地域民に絶対的に信任されていました。
ここで諸葛亮は、孟獲を捕えて殺すのがすべてではないと思います。たとえそこを征服しても、蜀漢の大軍が撤収すれば、いつでもまた反乱が起きうるからです。それで、諸葛亮は「敵の心」を征服する戦略を立てます。馬謖という将軍も「用兵の理致は、心を攻略することが上策であり、城を攻撃することは下策」と言って、諸葛亮と心を一つにしました。以後、諸葛亮は孟獲を生け捕りにしました。
ところが、孟獲は自分がうかつに捕まったと、負けたことを認めなかったのです。すると諸葛亮は孟獲をそのまま放しました。このように生け捕りにしては放すことを六度もしました。そのたびに孟獲が心服しなかったからです。
しかし、孟獲が七度目に捕まったとき、初めて諸葛亮にひざまずいて、涙を流しながら「二度と立ち向かわない」と約束しました。これで「心を攻略」する戦略は成功して、南中地域が平定されました。
私たちマンミンの世界教区化の戦術も、このような「心の攻略」です。世の多くの人々が心から神を認めて、神の愛を悟るようにすることです。これにどうしても必要な武器が、まさに「心を変えさせる神の力」です。公義によっては死ぬしかない人々にも、救いの機会を開いてあげるだけでなく、よりすばらしい天国を望むようにすることもできます。
一方、この終わりの時は、反キリストの勢力も非常に大きくなりました。彼らは神から受けた闇の権力で、肉の人々を操って勢力を育ててきました。私たちはこういう反キリストと立ち向かって、終わりの時に向けられた神の摂理を実現しなければなりません。
ところで、昨年と今年、信仰の岩に、御霊の歩みに入って、全く聖なるものとされた方がたくさんいて、私は非常に心強いです。私ひとりで反キリストに立ち向かうのではなく、霊で一つになった働き人と主のしもべの皆さんが一緒に霊的な光を照らしていくからです。
[結論]
愛する聖徒の皆さん、きょうは今年祈祷課題の第四「大きな驚くべき神の力」について伝えました。これは「心を変えさせる神の力」だと言いました。聖徒の皆さんはこのために祈るとき、まず自分がこの力に支えられてすみやかに御霊の歩みに入り、全く聖なるものとされるようにしてください、と祈ればよろしいです。次に、牧者の韓国のキリスト教界での活動を通して、多くの人に救いの門が開かれて、その人々が私たちと心で一つになるように、と祈ってください。最後に、皆さんも大きく心を広げて、全世界70億の魂をいだきますように。ひとりでも多くの魂を救うことを望まれる父の愛が彼らに伝えられるように祈ってください。
[ルカ15:7]で、イエス様が「あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。」と言われました。
今年、聖徒の皆さんの祈りによって、大きな驚くべき神の力が全世界に繰り広げられ、天で喜びあふれる感嘆の声が絶えず鳴り響くことを期待します。また、同じ心でこの働きを一緒にされた皆さんを父なる神様が喜んで、皆さんの願いに答えてくださいますよう、主の御名によって祝福して祈ります。
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